「イスラームからヨーロッパをみる」(内藤政典著)でイスラムの勉強

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本の要旨をまとめる。感想や補足は所々に( )で書くこととする。

 

ヨーロッパのムスリムイスラム教徒)を概観した専門家による本をずっと読みたかった。

外国人労働者受け入れ反対論者の中にいる著名人の多くは、欧州のイスラム受け入れによる治安悪化を理由としているからだ。著名人の多くは伝聞や個人の感想を論拠としている。実際のところどうなのか、よく知る必要があるだろう。(日本社会が今後イスラムとどう向き合うべきなのかを考えてみたい)

 

21世紀、中東の難民が欧州に向かったことで欧州とイスラムの共生が困難になった。

アメリカはかつても今も移民により成り立っている国であり、宗教の自由は国の基本であった。トランプ大統領はこれを破壊し、移民の国としての国の成長と比較的うまくいっていたイスラムとの共存の将来に大きな影を落とした。

欧州はすでにいる住民に国境線を引くことで国を作った。国内に住むイスラム教徒は世俗主義と折り合いをつけてきたが、80年代からイスラム世俗主義から距離を取り始めた。(イスラム諸国の国力向上も背景にあるか)

ドイツ、フランスには500万ずつ、イギリスが300万、いたりあに250万のムスリムが住んでいる。

ベルリンのクロイツベルグにはつい10年前までトルコ人街があり、ドイツ語が聞こえなかった。2015年現在ではこぎれいな街区に変わった。近隣のかつてのトルコ人街にはシリア人が多く住み、カフェにはシリア人難民が多かった。シリア人は独立心が高く、店を構えて経済的自立をするものが多かった。

2005年、パリのクリシー・スー・ボワで暴動が起きて以降、ひったくりなどの犯罪が多発し警察と市民の間には緊張関係が生まれた。通行中の車がいきなり覆面パトカーに停められる中にいた人が引きずり出されるような光景が見られる。

東欧のムスリム比率はコソボが一番高い92%、アルバニア82%、モンテネグロ19%と旧ユーゴ国家は比率が高い。オスマン帝国時代からの住民が多かったが、近年では移民も多い。ユーゴは社会主義国だったためムスリムアイデンティティの前面には出なかった。

独立後のサラエボにはアラブから北アフリカ諸国のムスリムが集まりつつある。2018年だけで5万人がボスニアに来た。多様な国からの移住はイスラモフォビア(イスラム嫌悪)の存在を知っている。東欧北部のポーランド等はイスラムが非常に少なく、同嫌悪の舞台となることが目立ってきた。非常に少ないところで最も激しい嫌悪が起きている。

 

1)フランスのブルカ禁止法

顔を覆うブルカ、眼だけ出すニカーブが公共の場で禁止となった。顔を出しているヒジャーブも大学を除く公教育の場で禁止となった。

フランスは当初規制に否定的だったが、フランス共和国のライシテ(世俗主義)に反するという批判から規制強化に傾斜している。

ユダヤ教徒のキッパ(帽子)はユダヤ差別の歴史から禁止できず、キリスト教徒が身に着ける十字架も服の下ならOKという。

 

2)イスラム教徒の戒律について

現世では処罰されない

最後の審判で罪のひとつとカウントされる

要するに極楽に行きたいのであれば罪を犯すな、ということ。その意味では仏教に少し似ている。

 

3)イスラム諸国で被り物が復活しつつある背景

80年代にはイスラム諸国で西欧化が進んだことから、服飾などの欧化が進んで一時被らない女性も増えた。しかし植民地時代以来西欧化が民主化ではなく軍事独裁により進んだことにより、生活文化の欧化が進行した上流階級とイスラム文化とつながった下層階級に分化し始めた。イスラムの教えは心に安寧をもたらす特徴があり、母国の下層階級や移民社会はさらにイスラムに傾斜することになった。若い女性も被り物をするようになった。自らの意思で被る女性を批判することは妥当なのか。

これに対し、欧州では①女性抑圧②過激派に利用される③世俗主義(社会と宗教を分離すること)に反することから被り物を否定する

①も②も言いがかりの域を出ず、正当性があるとすれば③である。「市民が精神的圧迫を受けない」ことが公教育の場で鍵となる。この原則さえ守っていれば、個人は信教の自由を守られなければならない。しかし、イスラムは個人の生き方を規定する内心の問題だけでなく社会全体を規定する特性を持つ。信仰実践を内心だけに留めることができない。極右がライシテを根拠に移民を攻撃した際に、どうしても衝突してしまう。そして差別だと認識しにくい構造となっている。

かくして、イスラム女性は二重の敵意に晒されることになった。家父長的なイスラム社会で外に出るためには「戒律を守っていること」で正当性を得ていたが、外に出れば今度は戒律を守っていることで敵意に晒されるようになった。イスラム男性は外見的にはわからないので、敵意が女性ばかりに向けられるという特異な状況が起きている。「覆いを取れ」と社会が要求することは、イスラム女性の羞恥心を刺激することから社会がセクハラを行うに等しい。なお、イスラム諸国の男性トイレの小用便器には隣との仕切りがあるか、個室しかない場合がある。日本のように仕切りを設けない国では個室に入る人もいる。

 

4)西欧諸国別 服装への対応

イギリス

長い植民地時代を経ているため服装の否定が危険なことを熟知しているため寛容だった。しかし、治安の脅威だとする政治家が近年登場しつつある。

例:シク教徒のターバン

ドイツ

2009年ドレスデンエジプト人のマルワ・シェルビニという女性が殺害される。公園でヒジャブ着用を執拗に侮辱されたためこの男を訴え、男は起訴された。法廷で男は18回にわたって彼女を刺し殺され、制止に入った彼女の夫は警備に撃たれるというあり得ない不祥事が起きる。報道はなぜナイフを持ち込めたかに終始し、ヘイトクライムであることを見逃し、かつてユダヤを虐殺した問題と同根であるという洞察がなかった。また、修道女やユダヤ教徒を同じ扱いをすべきだという意見も出なかった。著者のインタビューで「ドイツはキリスト教の国だからイスラムは許せない」などという声も上がっていた。

デンマーク

2018年に罰金刑つきの顔面を覆う被り物禁止の法案を可決。左派の社会民主党まで移民規制に同調。非西欧の移住者が集住する地区をゲットーとし、非西欧系の率を上げない措置を取る。反イスラムを主張する「強硬派」「新右翼」という政党が登場。デンマークからすべてのムスリムを追放することを主張している(これ、ナチスそのものじゃないか)

スウェーデン

デンマークの動向の影響を受ける。左右両党とも過半数を取れず。原因は排外主義極右政党のスウェーデン民主党の躍進である。

ノルウェーフィンランド

2016年顔面を覆うタイプを教育現場でのみ禁止。社会主義左翼党は教師の着用に賛成したが生徒については反対した。他の左派政党は反対した。フィンランドでは排外主義のフィン人党が17.5%を獲得。

オランダ

2016年下院議員の多数が公共施設での顔面を覆う被り物を禁止する法案を可決(頭髪だけならOK?)。911以降イスラムに対する宗教的寛容が機能しなくなる。

スペインとイタリア

全国レベルでは規制は導入されていないが一部州などで導入されている。

5)被り物への誤解

クルアーンコーラン)ではフルフェイスまでは求めていないので、多くのムスリム女性はニカーブやブルカは着用しない。ブルカのみを禁じてニカーブやヒジャーブを許容する方向も採用しなかった。サルコジ大統領が女性の隷従化の象徴だと議会演説で発言した。

2014年から18年にかけてのテロ事件で「監視カメラをすり抜けたらどうするのか」という批判がおき、セキュリティを理由に規制された。顔が見えるスカーフやヒジャーブは問題にならないため法律上は許容されることもあったが、嫌悪感情には線が引かれなかった。結局セキュリティ上の理由ではなく、排外主義の道具でしかない。

6)風刺画問題は表現の自由問題なのか

しばしばムハンマドを揶揄する風刺画が描かれ問題となっている。ムスリムの憤激を買って襲撃事件も起きた。

そもそもイスラムでは偶像崇拝が禁止なので、ムハンマドの絵に対しても目を背ける。それが中傷的なものでも、見ること自体をしないのであまり問題にはならないはずだ。ではなぜ怒ったのか。明らかに差別とヘイトを目的とした意図があったからだ。神の使徒を揶揄し、嘲弄することを目的とし、それを流通させたからだ。

かつては他者としてのムスリムに寛容だった彼らは、寛容の精神を失ったのではない。「ムスリムが不寛容だから排除すべきだ」と考えているのだ。風刺画に対して起こった暴動を根拠にムスリムが不寛容であると結論づけた。

 

続く

(被り物への規制が日本でも起きえるのだろうか?ブルカとニカーブ、ヒジャーブ、スカーフの違いくらいは理解した上で規制の議論をしてほしいものだ)