ベンチャー企業論 放送大学

標題の読書記録。
変わりにくい組織は、組織そのものの改革を考えるのではなく、組織の外に志の高いベンチャー企業をつくり、それ主流にとって変わることで、改革を促すことができる。

柳孝一(早稲田大学大学院ビジネススクール教授)
長谷川博和(グローバルベンチャーキャピタル教授)

第1章
日本経済を再生させるために、独立型ベンチャーを生み出し、経済再生ゴールデンルートを作る必要がある。
ベンチャー企業は矛盾した存在である。矛盾をマネジメントして想像的破壊を行う存在である。

<独立型ベンチャー
イノベーションによる新規性」
「経済的目標以外の別の目標」
「ワンマン体制ではない」
「株式公開など社会的公器であることを目指している」
「他社の資本系列に無いなど、意思決定が独立していること」
「再現性を持つこと。特定地域の特殊事情に立脚しているのではないこと」
「矛盾をエネルギーとする」

非営利型ベンチャー、社外ベンチャー

<企業革新型ベンチャー
大企業病に冒されていても、人材や資本は豊富にある。
新市場と新製品を目指す
トップを含め、全社員の経営革新の必要性を強く喚起すること
事業企画者と事業実行者が異なり、やる気の無い人が事例を受けて行った場合は失敗している。社内公募制などを採用するところが多い。個人出資もインセンティブ確保のために必要。

ベンチャー企業が必要とされる社会背景
欧米へのキャッチアップ型からフロントランナー型へ変化が必要だったが、いまだに新しい突破口を見出していない。日本はかつてベンチャー企業を大量に排出した。「農耕民族だから」というおかしな文化論には根拠が無い。


第2章
現在日本の主流になっている企業は、終戦ベンチャー企業から始まった。
製造業
昭和20年代は物不足から、製造業が先行した。
昭和30年代は、製造業群は、世界規模にはならずニッチ型分野が多い。
流通
1930年代の不況下、アメリカで成立したスーパーマーケット方式が日本に導入される。
セルフサービス販売、チェーンストア理論を導入し、短期的に成長する
昭和28年紀ノ国屋
昭和30年ハトヤ(ニチイ=マイカル)、西武、ダイエーなど
昭和48年ダイエー三越を抜く

外食産業
外資合弁会社が進出し、国内の外食産業も一気に進化した。
昭和45年KFC 同46年藤田田商会との合弁でマクドナルド デニーズ、ダスキン

小売業
昭和48年 CVSの成立 SEJ
社外ベンチャーとして成立していく。
フランチャイズシステム、情報システムによる単品管理、長時間営業の利便性
e―コマースと業務提携、銀行機能と融合

ベンチャーブーム
昭和40年高度経済成長期
昭和38年中小企業投資育成会社法
民間VCの成立は、第1次、第2次オイルショックの打撃を受け散発的となる。
●第1次ベンチャーブーム
ジャフコなど5社
呼応して第1次ベンチャーブームが到来する。ピープル(ニチイグループ)、コナミメイテック(技術者派遣サービス)

●第2次ベンチャーブーム
第2次オイルショック
80年代にVC設立
82年6社、83年14社、84年26社、85年20社、86年6社
・83年株式店頭公開市場の登録制見直し→上場しやすくなる
・ハイテクブーム
86年ベンチャーバブル崩壊
著名なベンチャーの相次ぐ倒産
大日産業(間伐材利用)、勧業電気機械、大日機工、ミクロ経理
<原因>
・資金の過剰。融資競争の結果身の丈にあまる資金が集まり、経営者の経営感覚が麻痺
・技術の過信。需要に合わない。
・新市場開拓の失敗。間伐材単板
・社長のワンマン経営。優秀な人材を使いこなせなかった。