放送大学大学院テキスト「教育行政と学校経営」第2章「国の教育行政組織と教育政策過程」から。
第2章の内容は文部科学省の組織人事と教育政策の形成過程について。
国の政策形成がどのように行われているのか、近年の制度改革が教育行政にどのような影響を与えたのかを具体的に見ていく。
1 文部科学省とは
日本の「文部省」は1871年に設立。1956年に設立された科学技術庁と2001年合併し「文部科学省」となった。教育、文化、スポーツ、宗教行政が主管業務である。
2 文科省の組織構造
定員は約2100名。文部科学大臣と副大臣2名、大臣政務官2名が「政務三役」と呼ばれる。官僚トップは事務次官で、慣例的に旧文部省出身者と旧科学技術庁出身者が交代で就任している。
省内は「官房」と「原局」に分けられている。官房は人事、総務、会計を担当し、原局(局)には「総合教育政策局」「初等中等政策局」などがあり、各業務を管掌している。これ以外に2つの外局「文化庁」「スポーツ庁」がある。
3 人事
キャリアとノンキャリアに分かれる。ノンキャリアは一般に課長までで専門的な実務を担当する。文科省の特徴として90年代半ばまではノンキャリアは国立大学職員からの転任人事で人材を確保していたが、近年は一般職試験(以前の国Ⅱ試験)で新卒採用が増加している。
4 中教審について
他の省庁と同様、大臣の諮問機関として「審議会」が置かれている。文科省の場合は「中央教育審議会(中教審)」があ理、教委、PTAの代表、首長、学識経験者、民間企業経営者などから構成されている。制度改革や学習指導要領改定などの際には諮問が行われる。具体的な議論は分科会や委員会などが置かれて行われることが多い。
2000年以降は総理の私的諮問機関がこの役割を担うようになり、制度制定についての審議に限定されるようになった。
5 総理直属の「諮問会議」の変遷
1980年代 中曽根康弘内閣「臨時教育審議会」(首相直属の私的諮問機関)
教育基本法改正と社会奉仕活動の義務化の提言→2006年実施
2000年代 恒常的に総理直属の私的諮問機関が置かれ、政策形成に影響力を発揮し始める。
小泉純一郎内閣 教育分野に限らず、首相官邸や内閣官房、新設された内閣府に置かれた経済財政諮問会議が政策全般に影響力を発揮する。中核が財務省や総務省、経産省の官僚だったため文科省出身者は受け身に回った
安倍晋三内閣
(第1次安倍政権)「教育再生会議」
教育基本法、教育3法(学校教育法、地方教育行政法、教員免許法)
(第2次安倍政権)「教育再生実行会議」(総理の私的諮問機関)
自民党に置かれている教育再生実行本部による改革プランを基礎とした政策提言が行われた。それに伴い中教審は政策策定よりも制度制定の審議を行う場となった。
6 「閣法」と「議員立法」
内閣が提案するのを「閣法」、議員が提案するのを「議員立法」と呼ぶ。前者が約85%を占める。閣法は内閣の全会一致で提出される。自民党政権下では党内の事前審査による同意を得ることが慣行(与党事前審査制)。
7 政策形成過程
①特定の問題が解決すべき政策課題だと認識されると、解決、改善するための政策案が作られる。
②自民党内の各部会、調査会で承認され、総務会、政務調査会で承認されて党としての意思決定がされる。
③同時進行で省内で課、係内での検討が行われる。具体的な政策形成は自民党と文科省が並行して実施する。
①現場ニーズ積み上げによる政策形成が主流
②政策の継続性を重視する
③広く国民のコンセンサスを必要とする
④アイディアが公の場に出されてから政策になるまでのプロセスが長い
⑤継続性を重視する一方で外発的な政策の創発が力を持っている
8 「文教族」とは
「族議員」と呼ばれる特定の分野に強い影響力を持つ国会議員の影響力が強かったが、90年代の内閣機能強化と選挙制度改革で低下したと言われる。
9 選挙制度改革の政策決定過程への影響
中選挙区性から小選挙区制への転換の政策形成における影響はどのようであったか。
①中選挙区による合意型民主主義
90年代までは自民党一党優位ではあっても内閣への執政権集中というより党内連立内閣のような様相を呈していた。(派閥ごとにポストが割り振られる、族議員の影響力など)
②小選挙区制による多数決型民主主義 「勝者総取り」型へ
内閣府の設置と省庁再編による内閣への執政権集中により政策決定の迅速性、時代に即した政策転換が可能となった。一方で教育政策のような政策の安定性や継続性が必要とされる政策では現場の混乱のようなデメリットがある。
10 まとめ
2000年代以降、矢継ぎ早の制度改革により政策の安定性と継続性は低下している。
国レベルでは教育委員会を置かない日本が政策形成で安定してきたのは、中選挙区による合意型民主主義が機能していたためと考えられる。2014年に設置された内閣人事局による各省幹部職員任命の一元管理は、官僚が専門性発揮のために政治的中立を保つよりも時の政権に奉仕する形に変わった。
文教行政については政策の安定性、継続性が重要であり、それが担保される制度設計が必要である。例えば警察を管理する公安委員会のような委員会制度である。