「失敗の本質」つづき

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

インパール作戦
奇襲/急襲によって攻勢防御を企図したが、作戦を急ぐあまりコンティンジェンシープラン(次善の策、対応策)を持たずに突き進んだ。作戦自体はすでにイギリス軍に読まれており、後退戦術にはまって袋だたきにされる結果となった。イギリス軍は防御の際に空挺部隊と円筒陣地への空挺補給を駆使した。これは、作戦の前に行われたウィンゲート挺団による後方撹乱作戦の成功の教訓を生かした者であった。

戦局全体として戦力が枯渇しつつあるときであり、戦線を縮小すべき時期であった。それにもかかわらず、無理に戦線を維持しようと考えたため、攻勢防御作戦を取らざるを得なかった。
既にこの時点で戦略的には破綻している。しかし、それでもこの作戦が強行された背景にはインド独立を狙う政治的意図と、現場指揮官である牟田口司令官への個人的な情義(盧溝橋事件の当事者/当時連隊長)が判断を曇らせることとなった。作戦始動期には、異動によって牟田口以外にビルマ情勢に詳しい指揮官級がいなくなった人事の空白も失敗の原因の一つとして挙げられている。


人事の空白はしばしば起こりえる物である。しかし、政治的意図や個人的情義が現実を見据える力を阻害する事がある。作戦の当否を考える際には、これらに限らず自分が何かにとらわれていないか冷静になる事が必要である。