のんびりと歩ける日はいつか来るのだろうか

地域の中学校の文化祭に招待された。NPO総合学習の時間が連携していることから、今年招待状が来た。メンバーの誰もいけないので、私が行くことになった。


20年ぶりに母校に入った。購買も、廊下も、教室もそのままだった。学年の目標が廊下に掲示されていた。第一理科室、第二理科室。その上は音楽室で・・・。

放課後遅くまで遊んでいて、先生に怒られた。渡り廊下では仲の良かった友人と喧嘩になった。好きだった女の子と、この階段で話をした。もうしどろもどろだったと思う(笑)。何話したか当然覚えていない。そのときも覚えていなかったのだから。一年生の頃、結構陰湿ないじめに遭っていたはずなのだが、そういうことは思い出さなかった。思い出は美化されているのだろう。

自分のご都合主義的性格にあきれてしまう。



全校での催し物を講堂でやっていたため、人気のない展示コーナーを見ていたところ、作文に目がとまった。

「車で通りすぎてしまうと気づかないが、街を歩いてみて魅力に気づいた」

そんな内容だった。とても丁寧な字で書いてあった。何度も書き直したのだろう、文章もよく整理されていた。


別に、子どもの方が大人より純粋だとか、素直だとか言うつもりはない。それは一種の逃避だと思うから。だが、そういうことを素直に言えなくなったことも確かだ。しばし、呆然としてしまった。

そうえば村上龍の「はじめての夜〜」に、「中学時代は特別な時代」と言うような内容があったと思う。きっとそうなんだろうとおもう。

全校でのも催し物のの時間が終わって生徒たちが廊下に出てきた。すれ違う礼儀正しい中学生に気恥ずかしさを覚え、早々に辞去した。


嫌な大人になったものだ。