たまには昔の話を2

 自虐ネタが好きだ。究極の自虐ネタは、失恋話ではないだろうか。私はもてないくせに相当な好き者と見えて、振られた話が結構ある。もてない人間にとって、彼女を作る唯一の方法は「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」だからだ。最近はやりの草食恐竜(←何かちょっと違う気がするが、まあいいか)などもってのほかである。


 ちょうど今日みたいに暑い夏の夜だった。
 20代の中盤、社会人成り立ての頃だったと思う。3つ年下の、銀縁のめがねのよく似合うかわいらしい女の子に振られた。正式には振られたわけではなく、玉砕したのだが・・・。
 どうでもいいが、私はめがね女子が好きだ。銀縁が好きだ。黒縁も好きだ。人差し指でめがねを直す仕草など、歓喜すら覚える。・・・・話がそれた。元に戻す。


 彼女と知り合ったのは飲み会。合コン・・・というより、仲間内の飲み会+αだった。お酒が飲めない人同士、気があった。その後、その仲間でキャンプに行ったとき、バーベキューの野菜を切る係を一緒にやってから仲良くなった。彼女とはメールをやりとりするような仲になった。最初は時々だったが、だんだん毎日メールが往復するようになった。

 彼女はちょうど、会社を辞めて資格を取り、転職を考えていた。田舎でまともなキャリアの築ける仕事は限られている。会計系か福祉だ。大学が福祉系に強いところだったので、彼女のために資料を集めた。彼女はとっても喜んでくれた。彼女からの相談メールに答えるうちに、彼女が転職先への志望を固めていくのが手に取るようにわかった。メールの内容は就職相談から、プライベートな話題にまで入り込むようになった。時々会って食事もした。資格試験の勉強につきあって一緒に勉強もした。

 はじめは自分が頼られていることに喜んでいた俺だったが、気がつけばすっかり彼女の虜になっていた。

 本当に久しぶりに人を好きになった。普段は事実関係(失礼)が先行し、ずるずると深みにはまってドロドロに終わるのが常だったが(何しろもてないので、酔った勢いで何とかしないとどうにもならないのだ)このときは違った。彼女を思い出して、勤め始めたばかりの仕事が手につかなくなったり、夜眠れなくなったり、思春期の中学生のようにアホっぽかった。夜空にため息なんかついたりして、我ながら相当きもかったと思う。

 彼女とのやりとりでとりわけ気に入っていたのは、本の貸し借りだった。彼女は村上春樹が好きだった。私も好きだったが、全部読んだことはなかったので彼女が持っている本を貸してもらった。それを口実に彼女のアパート(田舎では珍しく一人暮らしの子だった)に行った。本気で嫌われたくなかったので、私にしては珍しくナ二もしなかった。よくやったぞ私。やればできる子じゃないか。自分で自分をほめてやりたかった。

 その日は仕事で遅くなった。借りた本(「ダンスダンスダンス」だった)を返そうと彼女のアパートに向かった。このあたりでは珍しく、蒸し暑い夜だった。夜も遅いし、お礼の手紙と一緒にそっとポストに入れてくるつもりだった。でも、ばったり廊下で会えたらラッキー・・・・などと妄想しながら小道を急いだ。

 彼女の部屋は電気がついていた。窓は半開きになっていて、中から彼女の笑い声が聞こえた。しかも、何となく湿っぽい笑い声。

声?

 テレビでも見ているのかな、と思いながら部屋に近づくと、来客が来ているらしい。おじゃまかな、と思ったそのとき、凍り付いた。野太い男の声だ。
 今でもはっきり覚えている。

「○○ちゃんって、足ほそいよね」
「え〜そんなことないよ。」

(細いんじゃない。形が良いんだ。わかってないな、この男は・・・って何の話をしてるのかな、君たち?)


「ほら、肌もきれいだし」
「ちょっと、やだ〜。きゃはははは!だめだってば」

(何がだめだって?まさか、まさか・・・触ってる?)


・・・・立ち聞きは悪いと思った。でも、足が凍り付いて動かない。頭真っ白。暴れてぶちこわすことなんか考えもつかなかった。


「あれ?○○ちゃんって彼氏いるの?」
「ええ?いないよそんなの。」

(・・・俺は彼氏ではない。確かに、彼氏ではない。だけど、このタイミングでそれを言うということは、あなた、この先どうなるかわかっているんですか?)

「ええ?信じられないな。ほら、足だってこんなにほそいし」
「だめだってば。ほら。だ〜め。だ・・・・」


(「・・・・」って・・・何その沈黙(涙)。)


力が抜けた。
そこから先は夢遊病者のように、音を立てないように本をポストに入れて、そっと立ち去った。

自分の車に戻り運転席で呆然とした。錯覚だったような気がしてならない。動悸が速くなる。目がかすんでくる。目がかすんだせいか、彼女の部屋の電気が消えたように見える。「見える」んじゃなくて、消えたらしい。
そっと車を出し、家に帰った。あまりのことに、泣く気力もなかった。

数日後、彼女に本の感想のメールを送ってみた。いつもなら長文が返ってくるのに、素っ気ない短文だった。諦めきれず、もう一度送ってみたが、返信はなかった。


それ以降、彼女には一度も会っていない。



教訓:女性の部屋に夜近づいてはいけない。知らない方が良いこともある。
世の中に言いたいこと:女性の皆さん。この時期そういうことをするときは、ちゃんと窓を閉めてください。お願いですから(涙)。
その他:ダンスダンスダンスのゆみよしさんは、俺の嫁です。めがね女子であることは、偶然の一致です。