はっぱの舟

 地元で発行されている雑誌に「川の記憶」と言うものが掲載されている。私が小学生の頃には、まだあちこちに小さな水路や小川があったように思う。
 下校の途中に葉っぱを流して、仲の良かった友人と競争した思い出がある。道端の手ごろなはっぱを舟に見立てて、水に流しては追いかけるように家路を辿った。不器用な私はいつも負けていた。流れの中にある小石をうまくすり抜けられないのだ。よどみで沈んでしまったりもした。手が器用な友人は、実にうまく工夫をした。葉っぱの選び方にも色々コツがあったと思う。長すぎず大きすぎず、また、小さすぎず。笹があるときは笹舟を作った。舟を追いながら随分遠回りをして帰ったこともある。夏休みの約束をしたり、時には喧嘩をしたりもした。夕立が降って来たのにやめなかった事もある。
 最近はこういう遊びをしている子どもをあまり見かけない気がする。安全上、多くの水路にフタがされてたこともあるかもしれない。それはそれで、きっと子ども達は別の遊びを考えていることと思う。あるいは、日々の雑事紛れて、遊んでいる子どもたちに気づかないだけかもしれない。
 夏草と、入道雲と午後3時の焼けたアスファルト。水路沿いの家が作る日陰と、昆虫たち。夏休みが終わり水路の水が少なくなると、秋がやってくる。季節の巡りと澄んだ水の価値に気づくのは、私が外の土地に出てからのことだった。
帰郷して10年。そういえば、あの友人達はいまどこで何をしているのだろう。