塩野七生を最近読んでいる。とりわけ、ローマ人の物語はイタリアの歴史を書き込んでいる塩野さんのもののうち、おそらく私の一生何度も読み返す本になると思う。

写真はカエサルの章。カエサルのために、文庫本は4冊にわたっている。様々な示唆に富んだ記述が多いが、とりわけ考えさせられたのは「改革者の資質」についてだ。
平民と貴族が対立した時代、平民の要求を実現したのは「護民官」や改革派を代表とする革命勢力ではなく、結局は公権力の主流派を奪取し、トップである執政官、独裁官に就任したカエサルによってだった、ということだ。

我が国に置いても、革新派といわれる政党が裁判や住民運動などで改革を目指したが、労多くして功少なし、と評価せざるを得ない。無論、彼らのやった事が無益だったなどとはさらさら思わないが、しかし、権力を取った者が行った改革は成功しやすいし、定着もする。

こういうことは、古代ローマから同じだった、ということなのだろうか。
無論、権力に取り込まれる事で改革派が妥協主義者に鞍替えしてしまう事もあるので、一概にはもちろん言えない。